「どうしてよ!何でいきなり、そんな…」

「アスカ」

「認めない!アタシは認めないわ」

キッと強い意志を秘めた瞳を真っ直ぐ私に向ける彼女。
私は何時もこの瞳に縛られてきたんだ。

「アスカ、話を…」

「…の所為なの?」

「え?」

声が小さくて聞き取ることができない。
首にしがみつく格好で私に抱きついたアスカは、苦しい程に力を込めてはっきりと言った。

「あの男…カヲルの所為なのね?」

言葉を返せない。
其れが紛れも無い真実であるから。

「……借金は、全て帳消しにしてくれるって。
此処は引き払って、新しい家を用意するから、アスカは」

私は酷い事を言おうとしている。
何時も私を庇い、私を愛して、私だけを見ていた彼女を。
彼女を。

「私は…?私は何なの?私だけ、其処へ移れって言うの?
嫌よ!私が移るなら、アンタだって一緒に決まってるでしょ!?」

アスカの綺麗な顔に流れる涙は止める術が無い程になって。
其れでも私は言わなくてはならない。

「私は、カヲル君の所へ行く…」

視界が滲む。
ああ、何て事は無い。涙は私の頬にも流れていた。
時間が止まったかのように、私もアスカも動かない。

「…許さない。許さないから」

「…アスカ…」

解っていた。
どうあってもこの話を、彼女が承諾しやしない事ぐらい。
それどころか私の言葉は全て、彼女の感情という炎に注がれる油にしかならない。

「もし、アンタが私のこの手を振り切って、カヲルの所に行くって言うんなら。
アタシはこの場で死んでやるわ。…本気よ!」

其れが嘘では無い事を、私は一番良く知っている。
血の繋がらない唯一人の姉。
我侭だが聡明な彼女は何かにつけ私を束縛したがった。
その理由をつきつけられた時は既に、私に拒否権は無かった。
私は誰かからの愛を渇望していたのだから。
生みの親に捨てられたあの時から。

内向的な私が数少ない友達を作る度。
アスカは烈火のような怒りに震えていた。
高校に入ってからは、教師ですらも口をきく事を快く思ってはくれなかった。
それら全てが自分を引き止める網でしかない事を自覚してからは、
どうにかして引き千切ろうと躍起になった。
彼女の怒りを振りほどき、一人で歩こうとする度に。

彼女の怒りは彼女自身へと向けられた。

幾度と無く繰り返された自傷。
其れを直す術は私しか知らない。私でしかできない。

心の何処かで渦巻いていた歓喜。
其れに気がついてしまったのは何時からだろう





『借金…?』

呆然と呟く私に、アスカは震える声で答える。

『パパとママは蒸発、残された借金…此れ全部アタシ達が背負い込むのね』

其の金額は、とても女子大生二人で支払える物ではなかった。



とにかくバイトを探すから、と家をアスカに任せ外に出た。
生半可なバイトでは生活費を稼げても借金の返済になりはしない。
焦る心とは裏腹に状況は冷徹なまでに変わる事は無く。
何も考えず歩いているうちに雨が降り出した。

『借金…』

そんな言葉は自分とは縁の無いものだと思っていた。
自分には浪費癖なんて無かったし、金銭で苦労をした覚えは無かったから。

どぎついネオンが目に刺さる。
都心特有の街のつくり。
ビル街から足を踏み外せば其処には風俗店が立ち並ぶ。

ネオンサインが近く、大きくなっていく。
私の足は徐々に店に近づいていった。
私は今、愚かな行動に出ようとしている。
だけど。
あの姉には。
美しく、賢いあの姉にだけはこんな仕事をさせなくても済む様に。
私は平気だから。
私は必要とされなかったのだから。
実の親にさえ。

だから、私が。

店の前で客寄せをしていた二人の男がこちらを向く。
にっこりと商売用であろう微笑を私に向ける。
何事かを私に語りかけ、そして。
馴れ馴れしい手が肩を抱こうと伸びる。
もう駄目だ。
せめて此れで、少しでも姉の負担が減るのなら………。



『待たせたね』



今の自分の状況と、あまりにかけ離れたこの台詞。
だが肩に置かれたのは客寄せをしていた男の物ではなく。

『人の連れに、ちょっかい出さないでもらえるかな?』

ぞんざいな物言いに一人の男の顔色が変わる。
隣の男が何事かを囁くと、何もせず捨て台詞を吐いて背を向けた。

『大丈夫かい?』

この人は誰?
私知らない。
見た事も無い。
こんな、綺麗な人。

『あの、私…』

何を言えばいいんだろう。
この状況で、見知らぬ人に。

『あの店で働こうと思ったのかい』

言葉にされると、一瞬息が止まるかと思うほどにショックだった。
何も言えないでいると、微かな溜息が聞こえた。

『借金の事ならば、其処まで思いつめる必要は無いよ。
僕だって常識は弁えているつもりだからね。
あの額は、そうおいそれと返せるものじゃない。
其れも学生二人ではとてもじゃないが不可能だ』

言葉が出なかった。
今度は驚きで。

『フタバさん初めまして。僕の名前は、渚カヲル』

姉の持っていた書面の最後に記された名前を口にされて、私はどう反応する事もできなかった。
ただ頭の中には、家に一人待っているであろう姉の姿だけを思い浮かべて。










「…バ!フタバ!」

「何…痛っ!痛いよ、アスカ放して!」

姉は其の花の顔(かんばせ)を涙で歪ませながらも私の手を捕らえ、そして放さない。

「あの男が本気でアンタなんかを相手にしてると思ってるの?
其の借金だってどう返したか、アタシが解らないとでも思ってる訳!?」

顔が強張ったのが、自分でも解った。

「アンタは自分の体で借金を返した。違う?」

厳密には違う。
借金はまだ、完済とは程遠い場所にある。
だけど私も其れをわざわざ口にするほど馬鹿じゃない。

「カヲル君は良い人だよ。
私達の境遇を話したら、構わないって」

見え透いた嘘だ。
案の定、彼女は私の論を完膚なきまでに否定した。

「馬鹿ね。金貸しがそんな甘い事言ってたらすぐに路頭に迷うわよ。
今からでも遅くなんかないわ。
目を覚ましなさい。あの男は借金にかこつけてアンタを弄んでるだけなのよ!」

的確すぎる彼女の言葉は何時だって私を傷つける。

「…好きだって、言ってくれた」

何度も。

「アタシだって言ったわ。何度も。
アンタは其れに答えた。違う?
言ってあげましょうか。最後に一緒のベッドで寝た日、アタシがアンタを何回抱いたか!」

「やめて!」

どうしてこうなっちゃったんだろう。
綺麗な姉。大好きな姉。
口は悪いけれど何時も自分を庇ってくれた。
何時も私を愛してくれた。

だからきっと、私も彼女を愛しているんだ。
そうでなければいけないんだ。

耳を塞いだ私の手を、アスカは強い力で引き剥がす。

「アタシは何時もアンタの事だけ考えてるわ。
アンタの為なら全てを捨てるわ。
あの男ができない全てをやってみせるわ。
朝も昼も夜もアンタの事だけ考えてるアタシをっ…!」

姉が、屈っしようとしている。
あの、強く凛とした敗北を知らない彼女が。

「アタシを…捨てる気?」

流れ落ちる涙すら全て計算されつくしたかのような。
悲しみと言う名の完成された美が其処に在った。
目を逸らす事ができない。
真正面から射抜かれる。
何も答えない私に、容赦ない追い討ちをかける。

「アタシはアンタが全てなの!
あの男より、アンタをずっと愛して、そして必要としてる!
この世でアンタを一番愛してるのは、アタシよ!」

そうかもしれない。
彼女の求愛の言葉と行動はそれを如実に表している。
とても身勝手な愛だけれど。
其の大きさは計り知れない。

「何れ、飽きたら捨てられるのがオチよ。
そうなる前に、戻ってらっしゃい。
アンタ、今までアタシに逆らえた事があった?」

聞いちゃ駄目だ。
今度こそ、自分の足で歩くんだ。
あの人の所に。

「直ぐに忘れられるわ。
いいえ、忘れさせてあげるわ。
また、二人で暮らそう?」

優しい言葉。
篭絡されそうになる。
Yesと答えそうになる。

固く目を閉じて、縋りつく彼女の背に手を回す。
彼女が微笑む気配。
其れが私に伝わる。

「カヲル君が好きなの」

世界の鼓動を止めた気がした。
手に伝わる感触が固くなる。
きり、と背中に痛みが走った。
私の背中には、きっと彼女の爪痕がついている筈。

「私はカヲル君が好きなの。彼が誰を見ていても構わないの。
私が、私がカヲル君を好きだから」



二人ともただただ泣いて。
そして身じろぎ一つしなかった。
動けば其れが、全ての終わりを意味すると知っていたから。






 御家瀬さんから、またもイカしたバレンタインプレゼントをいただきました〜(^▽^)丿。しかもアスカ×フタバです〜。キャー(*>▽<*)!!ありがとうございます〜(^o^)丿。私一人で楽しむにはもったいなすぎなので、お許しを得て公開です。だってよもやまさか御家瀬さんにフタバを書いてもらえるなんて(;_;)。今年始まって早々こんなに幸せでいいのかしら。寿命が3年は延びるのう。ありがたや、ありがたや_(._.)_。

 清水玲子先生の「輝夜姫」の晶とまゆの関係をイメージして書かれたとのことで、言われてみるとそうかも・・とうなずけます。もちろんそれ抜きにしても、二人がすごく魅力的で生き生きしてて、切ないのです。
 まず印象的なのは毅然としてるフタバです。うちのは常にフラフラボーッとしてるので、ちょっとは見習わねば。アスカもフタバに一途で可愛いのです。そんでフタバへの執着っぷりを存分に見せ付けてくれます。ムフフ(^.^)。でもカヲルに取られちゃうのだ。ショボン(-_-)。私的フタバのパートナー第一候補はアスカなので、切ない結末です。できればフタバにはアスカちゃんとくっついてほしいけど、相手がカヲルさんでは強敵すぎです。もちろんカヲル×フタバも良しだけど、アスカの健気さにはどうしても肩入れしたくなっちゃうわ。
 そうよ、諦めちゃダメ、アスカ!今は耐えて、いつかヤツのタマを取・・ゲフゲフ。

20040228




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